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ころ話 Part2

Cine21 No. 780 でのユ・アインの記事の続き。


このインタビュー記事、とーっても長くて、訳のリライトをギブアップしようかと思いましたが...。前半と後半の 2 回に分けます。

ユ・アインに興味のない方はスルーしてくださいね。


記事を読みすすむにつれて、ユ・アインにどんどん惹かれていく自分に気付きました (笑)。どれだけ揺れれば気がすむのか...


とにかく、俳優の演技と技術の関連性、演技を筋肉に喩える話、声の話など、話していることがいちいち理路整然としていて、ユ・アインが、とても明快かつ冷静で、確固たる意識を持っていることに、少し驚きを覚えています。 

ワタクシ、正直なところ、「成均館スキャンダル」 ではヨリムにばかり目が行ってしまっていて、コロの細かい演技など思い切り見逃していたことに、反省することしきり... 。



元記事 [유아인] 획기적인 소년 [2] はコチラ ↓
http://www.cine21.com/Article/article_view.php?mm=005002001&article_id=63809

 (翻訳機+リライトでの私流訳です、あしからず)

[ユ・アイン] 画期的な少年 [2]  (前半


ドラマ <成均館スキャンダル> のユ・アイン


Q: デビュー作のドラマ <四捨五入> で、突然多くの人々に知られ、不特定多数から好感を持たれることを経験した。そして 6 年後 <成均館スキャンダル> でまた似たような状況になった。現象は似ていても、本人の感じ方は違うと思うが。


A: <四捨五入> の時は、自分に何が起きているのかも、どのように対処するのかもわからなかったため、自分のことのようには思えませんでした。今は消化することができます。


<四捨五入> 以降、自分に押し寄せるどんな現象でも身の置き場を見失ってふらふらと崩れてはいけない、自分がまず地に足をつけて待たなければならないと考えるようになりましたよ。<成均館スキャンダル> の結果は、私が準備して待っていただけに、自ら作り出したものだと思っています。


Q: <成均館スキャンダル> の桀驁 (コロ) ムン・ジェシン役を望んだ理由は 2 つほどだと思う。まず大衆的に訴える力があるキャラクターであるという判断、そしてとても典型的な役でかえって解釈の余地を残すという点。これまで、桀驁のように典型的な人物のオファーを受けたことはなかったのか?


A: シノプシスには、当初から‘朝鮮版チムスンナム’という言葉が使われていました(一堂笑)。よく鍛えた身体の‘チムスンナム’が多いのに、この役がなぜ、わざわざ自分に来たのだろうか? その点に興味がありました。


ところが、企画段階で私をキャスティングした監督は、現在のキム・ウォンソク監督に交替してしまいました。典型性を重視するのに、「なぜこの子をキャスティングしたのだろうか?」 といぶかしく思われたでしょう。初めてのリーディングの後、すっきりしない姿を見て申し上げました。「桀驁がどんな声で、どんな呼吸で、どんな表情で演技するかは、今話したくありません。それよりムン・ジェシンという若者がどんな気持ちを持っているのかを話したいです。そうすれば表情や呼吸は自然に出てくるでしょう」。桀驁には線の太い俳優たちを設定しているのに、こともあろうに華奢な自分が引き受けてしまったとき、描かなければならない宿命的な絵があるんじゃないだろうかと。


Q: 普通にけんかに強い反抗児キャラクターとは違って、ジェシンは動きに鋭く、刀を立てずにゆっくり堂々と動く。アクションより姿勢が重要な人物だった。


A: からだで力を抜いている若者。本当の獣はそういうものだと思いました。この頃は、ペットのような獣をよくみかけます。美しく着飾ったチンスンナムですよ。桀驁は、家で美しく育てられる子犬でなく、道に捨てられた捨て犬のような若者でしょう。そして刃が鋭く光るとさっと立つが、普段には力が抜けている獣。


 


◆ 準備して待った、自ら作り出した結果



Q: 反抗的な若者キャラクターのその他の常套手段は、激しく熱い、切に訴えるまなざしなのにジェシンは特別だった。視線を若干落として、前髪とまつげの隙間から静かに投げかける目つき。目が隠れると、余計に目に注目してしまうようになった。


A: 私は以前から (そうしたことを) やってみたかったが、ジェシンと出会ってようやくできたのが、まさにその目つきです。ところでそこにはジレンマがあります。その目つきは、何も意識せず、何も望まない目であるはずなのに、そうした目つきをカメラの前で作ることですよ。でも、カメラの前で作る表情は、何でもないどころじゃないから...。


Q: いまだにカメラの前で真実を演技するという事が気まずいのか?


A: いまだにということではなく、もともと私はまったく気まずい思いをしない子供でした。ところが、<俺たちの明日> 以後、時間が経つにつれてだんだんと気まずくなってきました。この頃は、カメラ、照明、スタッフ 1 人 1 人がよく見えてきます。


それでも今は細かく分けて撮るドラマの演技をする場合、コンテが頭の中にあります。だいぶ賢くなったでしょう。本当は賢くなりたくありませんでした。とても大げさですが、それを意識した瞬間、戻ってくることができない川を渡ってしまったような気がしました。ですから次の作品では、また何も意識しない状態に戻れるか試してみなければならないようです。


Q: 目つきに注目したところには、<成均館スキャンダル> の照明や撮影も影響したのだろう。俳優の顔を最優先するクローズアップが多くて、瞳に合わせたアイライトやバックライトも多い、フェティシズムを楽しみやすいスタイルだった。


A: 特に桀驁は、額を割る極端なクローズアップがとりわけ多かったです。「君はショットがとてもタイトだからたくさん動くな」 とも言われました。十分に理解できるけれど、根本的には俳優が完全に自由な状態で感情を吐き出すことができる前提があって、技術が支えなければなければならないと思います。技術が先にあって、その中に人間が入るのは、今日の深刻な弊害じゃないの。あはは。


Q: <俺たちの明日> では、ジョンテがふらつきながら走る動線を、映画がまるごと追いかけて行く場面などを見て、長いショットを自然に持ちこたえる、新人には珍しい資質があると思った。それで <成均館スキャンダル> のように、閉ざされ状態で撮影する様式に対する俳優としての所感が気になった。


A: <最強チル> の時にドラマシステムの困難を経験したならば、今度は制約を認識した上で、どうにかやり遂げようとしました。使わなかった筋肉が発達するのに似ています。


ところで人は上腕筋が発達しすぎると、まともに腕を動かせないでしょう。ですから、本来私が本当に人間らしく動かなければならない時に、筋肉があるがためにまともに動くことができないのではないかと思って、それが恐ろしいです。現場の要求であるというだけの、そんな演技が常に正しいわけではない考えを持ってこそ、無駄な筋肉は生まれないでしょう。


どうであれ <成均館スキャンダル> は、私が見せようと思ったものを見せたということだけでも、重要な作品でした。どの瞬間も、私が二度と見せる機会が与えられないかもしれないと考えています。



 



Q: 桀驁は言葉が多いと思ったが、よく見ると、実際にはセリフのない場面が多い。ユニの反応ショットで、桀驁は一言もない表現で、意味を持たせている場合も多い。


A:とても重要で感情的なセリフを、現場の騒音のために一言ずつ区切らなければならなかったことが、気に障りました。そうするうちに、セリフが一言もない場面はかえって長く撮りました。論語齋の場面や王が旬頭殿講の課題を出す場面は、ただ立っているリアクションをとめどなくロングテイクで撮りました。皆、辛そうにしていたが、私は長く撮ることができるのがそうした場面だけだったので、面白かったです。


Q: ジェシンは、他と異なる視野を持った人物だった。木に登って高いところから見下ろしたり、横になっていたり、後方で人が見ないことまで広く見ていた。ところが、見たものに対して直接的に他の人物に話す場面が殆どないというのが面白かった。


A: それが、私がジェシンをやりたかった深い理由の中の一つです。ジェシンは木に登るといっても山の中の木でなく明倫堂の前の木に登り、横になるといっても野原でなく中二房の縁側に横になっているでしょう? 内部に全て足を入れることができず、どうにか遠ざかろうと高い所にいようとするが、その境界を抜け出せば、距離を置こうとする努力自体が無意味になってしまう若者。それが俳優として自分の姿ですね。


Q: 軽くてすぐに震える声音を持っている。同じ時代劇だが、フクサンとジェシンとでは発声に違いがあった。ドラマ <結婚できない男> 以降、発声の方法が大きく変わったようだが。


A: フクサンは、ここで (首に手をつけて) 出す詰まった声、ジェシンはそこよりもう少し低くした声です。よく高音がよく出る人は、歌が上手と言うけれど、それは違うでしょう。音域が広くて、自分の声で思うままに演技して操ることができる力、つまり、声を自慢するのでなく、自分を表現する道具として声を自由に使えることが重要だと思います。


発声は私が最も足りない部分で、映画を見れば、他の俳優たちがどこからどこまでの音を行き来するのか、映画を通してどこでどんな音域を使っているのか、自然と耳に入ってきます。<最強チル> でキャラクターについて行くことに汲々としていたとすれば、<成均館スキャンダル> では声さえ準備しておけば、すぐに怒鳴れるのにそうならず、澱みなく声が出せずにとても悔しかったです。


皆が上手だったと言ってくれるけれど、(ぼそぼそと話す) それは上手い演技ではありませんよね? 今日 DVD コメンタリーを録音しながら 「あれを見て、みんなが褒めてくれたのか」 と、隠れたかったです。


発声は私が克服する大きい課題です。自分自身の欠陥を進んで言うのは難しいけれど、自分もわかっていて、他の人々も皆知っていれば、そのためにも変わることができるでしょう? そうして、これが決してごまかすことのできない眼にとまる、私の欠点となったらいいですね。


Q: それほど俳優には基本技という領域が存在する。修業を受けるのは考えてみたことないのか?


A: ところが <俺たちの明日> では今より技術がなかったのに、あらゆる声を自由に操れたのですよ。ですから発声が果たして技術なのかどうか、(技術) でなければ私が演じた瞬間にできあがっているのかどうか知りたいです。


to be continued.... 


 


 



 


 



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なお、旧館からの移行記事 (2012年3月以前) はうまく反映されていないものがあります。

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