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演劇 『アジア温泉』 観劇記

今さらながら... 5 月に新国立劇場小劇場で上演された演劇 『アジア温泉』 について書いておこうと思います。ワタシが観劇した日はアフタートークがあり、演目の理解の助けとなりました。

『アジア温泉』 は、新国立劇場 「With ―つながる演劇―」 シリーズの韓国編として、劇作家鄭義信の書き下ろしの新作で、韓国国立劇団芸術監督ソン・ジンチェクを演出に迎え、日韓両国俳優によって上演されました。この演目は東京公演後、ソウルでも上演。

アジア温泉 公式サイト
舞台公演記録 (
コチラ


asia onsen

『アジア温泉』

演出: ソン・ジンチェク
脚本: 鄭義信
出演: 勝村政信、成河(ソンハ)、キム・ジンテ、千葉哲也

物語: アジアのどこかにある島は、古い因習としきたりが守られてきた牧歌的な島だった。ところが、島に温泉が湧くという噂が出て、島民が俗化していくなか、大地 (キム・ジンテ) は自分の土地を売らずにがんばっていた。そこに、リゾート観光業に乗り出そうと、カケル (勝村政信) と、その弟アユム (成河) は島にやってくる。カケルは大地の土地を買収しようと交渉するのだが。



本作を見ようと思った理由は、ひとえに鄭義信さんの脚本だから。鄭義信さんの脚本は、根本部分が実にシンプル。人と人との関わり、社会背景、情念を織り込みながら、見ていて楽しいと観客が思えるような要素を散りばめながら、そのシンプルなメッセージをじわじわと送ってきます。

正直、今日の政治情勢のタイミングで島の話、しかも、島の所有権をめぐる話となれば、当然あの島のことが思い浮かぶわけで、意図的な設定なのかと勘繰ってしまったのですが、この演目は震災前から企画されていたとアフタートークで聞き、そういう意図はなかったようです。

ある島で温泉が湧くという噂が出回り、島の土地をめぐって人々は欲心や本性をさらけ出すことに。土地を売って島を出て行く人、土地を買いに外からやってくる人、土地にしがみつく人、放浪する人... 欲心にとらわれ罪を犯し、大切なものを失ってはじめて、その愚かさに気付く... 。

本作では、前回観た 『僕に炎の戦車を』 と同様、韓国語と日本語が飛び交うのですが、舞台は韓国でも日本でもなく、場所を限定しない不特定の島なのだそうです。小さな島を舞台にしながら、実は普遍的な問いかけがなされているように思えます。この地球はだれのものかと。

島の森に棲む精霊たちの存在、自然に対する畏敬や感謝の念。そうしたものは、かつて人間の生活の中に息づいていたものでしたが、歴史の中で人間はいつのまにか自然を支配してしまっているかのような錯覚に陥っているようです。

本作はマダンノリ形式を取り入れた構成になっています (マダン=広場、ノリ=遊び)。舞台を円形(正確には扇状)に切り、観客は舞台を見上げるのではく、円形広場を取り囲むように見下ろす感じになっています。また俳優たちも、はける時は、袖に入ることなく、円形の外で待機しています。

終盤、ストーリーは広場で行われる儀式の場に集約され、祝祭劇としての高揚感をもたらしてくれます。脚本家の目は、最後まで愚かな人々をも温かく包み込んでくれ、見終わるとどこかほっとするような作品でした。




◆ ◆ ◆


終演後に、宮田慶子演劇芸術監督、勝村政信さん、キム・ジンテさん、成河さんのトークショーが行われました。
そのレポが公式ページ (コチラ) にも上がっていますが、補足情報としてワタシのざっくりなメモも記しておきます。


(宮田) "With" は海外との舞台劇を書き下ろしの脚本でという企画だが、演劇として何を共同で行うことができるのかがテーマ。イニシアティブをどちらかが執るのではなく。企画の直後に震災が起こり、今どこに向かって行くのか、あらためてモノ作りに対して襟をたださなければならないと感じた。より空間を十分に生かした芝居作りをするためにマダンノリ形式を取り入れた。

(キム) 海外の俳優との共同作業するのは初めて。演劇は瞬間芸術なので、字幕とのギャップを心配したが、反応は良かった。

(勝村) 舞台では韓国との共同作業は初めて。コミュニケーションは、顔合わせの時から毎日 「釜山港へ帰れ」を互いに日本語と韓国語で唄ったこと。実は顔合わせの時には、まだ脚本が手元になかった。

(キム) 台本のもつリアリズムと、寓話性・象徴性を描こうとするスタイルがかみ合わず、製作が遅れた。

(成河) マダンノリは祝祭劇で、観客とのやりとりもあり、イベント性が高い。

= = =

(勝村) ドラムの場面は、もともと脚本には 「プレスリーのように腰を振って歌う」 とあったが、「ドラムをたたきながらセリフを言う」に変わり、無理だと言ったのに... 稽古の日は、朝早く来てドラムの練習をした。セリフを言うと手足が止まる。

(勝村) 韓国の俳優たちは、古典芸能を普通に身に付けている。

(キム) 全ての俳優ができるわけじゃない。今回は特に、唱劇・踊りが必要だったので、才能のある若者が集められた。

= = =

観客からの質問: 出番のない時にも袖に入らず、舞台上に座っていることについて。

(キム) マダンノリは、円形広場の周囲に客が座っている。同じように、円の外にいるときは観客の気持ちになった。マダンノリは今となっては韓国でも特殊な表現形式。

(勝村) 舞台上にずっと出ていることはなかなかない。喜劇だけではなく悲劇をも背負いながら、舞台の上にいるのは辛い。円の外側と中側との切り替えがうまくいかないので、立ち止まることで境界を作った。

(成河) 立ち止まるのは決まり事ではなかったが、はけたり出たりするときに、境目を曖昧に、雑にしようとすると、なかなかうまくいかない。中と外でスタイルをどう使いわけるかは簡単ではなくストレスがあった。外にいるときは、エネルギーを中へ送る感じ。

(勝村) 僕はリンゴ・スタースタイルで(笑)。

= = =

(勝村) これまで常に新しい動きを追うことを理念としてきた。新しいものを組み合わせることにより、ハイブリッド効果が生まれる。メソッドもハイブリッドさせると、悲劇を喜劇にする力がある。キム・ジンテさんと共演できてうれしい。日本ではヒョンと呼ばせていただいているが、韓国では先生と呼ばなくてはいけない方なのに。

(成河) 演出家のソンさんが仰っていたことだが、公演を通じて、似ている部分ではなく異なる部分を描きたい。似ているもの同士という曖昧な思い込みではなく。

(キム) 演劇には意志を前に進めるものがある。足りない部分が、余裕につながる部分になると思う。

(宮田) 深く付き合うからこそ違いがわかる。どこで肩を組むことができるかを模索し、違いを認める。この企画では、そうした作業を見いだせた。


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