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Interview with ナムグン・ミン

N.G.M. カテゴリーをひっそり作ったら、一部の方にはばれていました ^^;

来るところまで来てしまった?(笑) こうなるであろうことは、ドラマを見始めたときに、予感していたものの。

ナムグン・ミンの 10asia インタビュー記事 (元記事) を紹介しておきます。ドラマを見ていないと、内容はわかりずらいかもしれません (翻訳機+リライトしています。転載禁)。

また、インタビュー内容は、結末に触れています。

どうでもいい私的ツブヤキ付きなので、適当に流してください。


 






ナムグン・ミン “心より演技しようということ、それだけは真理”

去る (7 月) 7 日放映終了した MBC <私の心が聞こえる?> のエンディングは、このように整理できるだろう。皆が皆を許したと。いや、このようにも言えるだろう。マルが家に戻ってきたと。これは別々の話ではない。

ボン・ウリの兄として、チャ・ドンジュの義兄として、チェ・ジンチョルの息子として生きなければならなかったマルは、ドラマの中のあらゆる葛藤の連結の輪のような存在であり、葛藤の解決の糸口のような存在でもあった。ある場所から逃げ、何かを得たくて苦しむこの哀れなキャラクターを見て視聴者たちが ‘ダークマル’ という別称まで付けて注目したのは、ただドンジュ-マルのベッドシーンのせいだけではないだろう。

その複雑な心情を、自分の中で耐えられなければならなかった俳優ナムグン・ミンにとってのマルとは、そして、このドラマにはどんな意味があったのだろうか。振り返りながら始めたインタビューはひとりの俳優の成長談につながり、その結果 <私の心が聞こえる?> 以降のナムグン・ミンに対して期待感を寄せることとなった。

 葛藤の連結の輪であり、葛藤の解決の糸口... とは言い得てます。記者さん。



Q:

結局、マルが皆と和解したり許すことで 「私の心が聞こえる」 が終わった。エンディングには満足しているのか。


NGM :

若干惜しいところはある。かなり急いで和解をし、赦しをした部分がある。だが、作家先生がすべての視聴者たちを満足させようとするドラマを書こうと努力する上での進行だと考える。ドラマの内面だけを考えると、惜しい面がないわけはないが、外面の様々な状況を考慮すると、本当に多くの苦しい心情が終盤に出てきた結末だ。全体的にはなかなか良い仕上がりに満足して、感謝している。

 終盤、端折っていた感はありましたね。前半からかなり早い展開でしたが、後半になるとさらにスピード感が増して。でも、納得できない感情の流れとか、そういうものはなかったですけどね。




Q:

マルというキャラクターを演技することは、容易でなかったはずだが、エンディングを通じて、そうした困難や精神的な苦労も吹き飛んだのか。


NGM:


実際、精神的な苦労はマルが背負ったもので、かえって演技者ナムグン・ミンは幸せだった。その役に十分に没入できたから。よくチャン・ジュナ、ボン・マル、チェ・ジンチョルの息子など、多様な立場を演技するのに大変ではないかという質問を受けるが、そういうことはなかった。

ただ、セリフを覚えるのは難しかった。監督が、セリフを最もよく覚える順位では、1 位はユン・ヨジョン先生、2 位がソン・スンファン先生を挙げ、覚えられない 1 位はナムグン・ミンと言われた (笑)。セリフの言葉の意味を理解して消化する時間が長くかかるほうだ。 2〜3 日あってセリフがようやく自分のものになる方だが、今回のドラマを撮りながら、これからはどんな状況になろうと、慌てなくなると思う。

 セリフはよく練られているなという印象を受けました。もちろん韓国語は全部わからないけれど。特に、マルのセリフは、ちょっと遠まわしにピントを合わせるようなところがあったかな。




“仕事が終わって無気力になり、はやく次の作品をしたい”



Q:


キャラクターにうまく没入できたということは、俳優として幸せなことだが、それだけキャラクターから抜け出しにくいと思うが。


NGM:

事実ドラマを仕上げる頃には、体が疲れていたので早く終わってくれと願っていた。月曜日に出て、日曜日に戻り、ほとんどキャンプ族のように車の中で食べたり寝たりしていたから。ところが、実際に撮影がすべて終わり互いに苦労話をしていたら、気持ちが憂鬱になった。その場で 1 次会までいたが、家で最後の放送を見て寝た。仕事が終わって無気力になり、はやく次の作品をしたいと思っている。

 このマル役は、ナムグン・ミンの当たり役となったわけだけど、次の作品で、どんな役を演じてくれるのか楽しみだわ〜。




Q:

つまり ‘仕事モード’ になったということか。

NGM:

体がとてもほぐれた。<セレブの誕生> を撮った時でも、体がほぐれなかった。軍隊へ行く前に <卑劣な街> と <ビューティフル・サンデー> を撮った時は、体がぱっとほどけた感じだったのに、軍隊から戻ってきたらまた固まった。カメラの前で緊張もした。でも、今回の作品を撮るうちに、体がとてもほぐれてきた。‘仕事モード’ になったことだし、仕事に没頭したい。

 「セレブの誕生」 って数話見たことがあったけど、序盤、彼の姿はほとんど見かけなかったような。見てみようかな〜。映画 「卑劣な街」 のナムグン・ミンは、とても印象的。衝撃ラストの彼の表情がなんともいえない。もう何年もパッケージを開封していない 「ビューティフル・サンデー」、そろそろ開封しようっと。




Q:

それは単に時間が流れたからではなく、マルを演じたからこそできたことなのか。


NGM:

マルを見ていると、普通のドラマのキャラクターではないと思った。普通悪役は理由なく悪くて、優しい人は最後まで優しいが、マルは幼くして家族を捨て幸せな家庭と出会い、誠実に生きたが、また復讐心を抱いて悪人ともなり、心境の変化が大きい。スペクトラムも広くて。それだけ現実味のあるキャラクターなので、より一層キャラクターに没入したし、それで体がうまくほぐれたようだ。


 ワタシもマルを誤解していたと思ったところがありましたが、そうか、マルのキャラは振り幅が広いってことなのか...  納得。




Q:


休むより早く新しい作品を通じて演技をしたいと言うが、それだけこの職業に対する心が格別なようだ。


NGM:


ただ、会社員が職場に通うように、私の職業が演技であるということだ。医者が自分の仕事をするように、私は演技をする。特別なことではないが、ただ演技をするとそれがブラウン管にあらわれて、そのために多くの人々が私を詮索するというだけのことだろう。




Q:


職業人の心ではないが、この職業について興味があるからこそ、頑張ることができるはずだが。


NGM:

それは、本当に愛する女性に対する感じだ。ある日はとても気分が良いが、ある日は荷がとても重い。台本の文も見たくなくて (笑)。そうするうちに、今のように終わってみるととても懐かしくて。


自分が好きだということは、固まっているため、いつも気分よくしようと努力する。したくない時は、以前にノートに書き留めたことを見る。演技をしなかった時、自分がどれだけそれを懐かしいと思ったのか、もう一度考えてみようと。私は、自らに対して多く言葉を書き留めるほうだ。若い時から、演技して悟ったものなどを書き留めた演技ノートもあって。 最近まで多く書きとめた。


 演技ノートか... 。相当な分析家とみました (笑)



Q:


ひょっとして、以前書き留めたことを今見て、これは違うなということもあるか(笑)。


NGM:

そんなこともあるが、ある時は 「自分でそんなことを考えていたのか、すごい」 と思う時もある(笑)。以前に書き留めたものを見ると、ずっと混沌の連続であったようだ。これでいいと思っていたが、そうではなかったとか。ただし、心より演技しようということ、それだけは真理だと思う。事実、制約された枠組みの中で演技すると、そういうことを忘れがちになるが、今回の作品では、心から演技することを、さらに感じることになった。


 


“ドンジュとのベッドシーンは、私が考えてもきまりわるい”




Q:

心より演技するというのはどうなのか。


NGM:

たとえば 「ありがとうございます」 と言葉にする時も、いろいろ意味があるのではないか。本当にありがたくてそう言うこともあるし、それ以上答えたくなくて次に移ろうとしてそう言うこともある。その時、この台本ではどんな意味であろうかと顧みて、その気持ちをただ心から語ること、表面だけの表情でない気持ちで語ることだと思う。



Q:

最終回で、実の母親のキム・シネに対して、アメリカへは行かせないと無愛想に言うが、そこには実際には赦しの気持ちが込められた場面を思い出す。


NGM:

そういうことだ。「まともに生きる姿を見せて行ってくれ。そうしたら見送るから」 と言うところで、表面ではそんな素振りを見せないが、心の中では赦し、全てを振り払っているのだと考えて、そうした気持ちで演技した。



Q:

そうした真心を表わすために、テクニックが必要な時はないか。


NGM:

テクニックもとても重要だ。一種のセンスだと思う。演技の一場面を多彩に表現するセンス。たとえば、おばあさんが亡くなるシーンで、号泣するところがそうだ。生きている時、マルはあまりにも酷く振舞ったから。だが、私は目頭が赤くなり、微笑をうっすら浮かべる方を選択した。マルは、愛しているという言葉も、はっきり口に出すより表現することに苦労して話す子供で、悲しい感情を隠そうとする時、見る人がさらに悲しくなりえると考えたから。基本的に、自身は内面的な表現を指向する方なので、それが今回のキャラクターとよく合ったようだ。

 そうそうハルモニが亡くなるシーンは、他の人が号泣しているのに、マルだけとってもアンニュイだったので、マルは泣くに泣けないのかと思ったものでした。



Q:

個人ナムグン・ミンの経験を引き込んだりもするか。 たとえばドンジュとの兄弟愛を表現する場面が多いが、実際にも弟がいるのではないか。


NGM:

経験を土台に演技する人もいるが、私は新しく作り出す方だ。失恋する場面を撮る時も、自分が捨てられた悲しみを代入するより、その女キャラクターに蹴られた時の悲しみを考える。

ドンジュとの関係においても、自分の弟に関する経験を代入するよりは新しい弟を作った。二人の関係は、キム・ジェウォン氏と現場で仲が良かったので可能な部分もある。実際、初めての撮影は、最終回で二人がベッドでなんだかんだする場面だ。その前にどんな内容があるのか分からない状況で撮ろうとするが、没頭することも大変で、男とベッドで撮るのも初めだったのに、ジェウォン氏も演技経験が長い方なので、無事に終わらせることができた。



Q:

実際、二人のベッドシーンは一度や二度ではなかったが (笑)。


NGM:

さらに編集されたカットが 2 シーンだ。それは私が考えてもちょっときまり悪い場面だった。放送されて大丈夫なのかと思うほど。男が男の上に乗って、手を動けないようにする場面 (笑)。

 ベッドシーンって、あやしい関係みたい (笑)。ドンジュとマルがベッドでじゃれあうシーン、ワタシは好きでしたね。ヨリム@「成ス」 みたいな妖しげな感じはなかったけど。今年のベスト男・男カップルかな。



Q:

先ほどテクニックの話をしたが、声がとても良い。 発声を勉強したと聞いたが。


NGM:

相手方に怒ったり、声をあげる時、力が足りないと思った。俳優が緊張感を持ってシーンを運んでこそ、人々がチャンネルを回せないようにするが、そうするには力が弱いようだった。声が良くなって良良かったことは、多くの人々が突然静かに私の話を聞くこと。引きつける力があるということでしょう。たまにどこかへ予約を入れる時、電話すると 「ひょっとしてナムグン・ミン氏じゃありませんか?」 となる (笑)。そんなに明確な色があるのが、長所であると同時に短所でもあるようだ。

 声はとても良いですよね。ワタシも声にちょっとやられたのよね。


 


“他の人のやり方に合わせる方法も知らなければならない”


 


Q:

発声練習のようなものは、演技自体のための訓練だが、私的な生活の一部が、演技のための準備になることがあるか。


NGM:

そういうことをしてこそ、私自身が不安にならなくなることはある。 一人で 「自信をつけなければ」 と言いながら出てくるものと、自分は大変だが何かをしていたので自然に出てくる自信とは違うから。そのためには他のことを探して、しなければならないだろう。今やっているのは、運動を熱心にすること。




Q:


男はそれだけでも相当な自信をつけることができる。


NGM:

つくだろう。そして私が運動しているヘルスクラブには女性が少なくて、選手やトレーナーになろうとする方々が多い。そうした人はコインの裏表面のように二重でなくて、本当に表面だけしかない純粋な友人たちだ。その人たちとコーヒーを飲んで話して一緒に運動するのが私の社会生活の全て。




Q:

コインの表面しか持っていない人たちが好きなようだ。


NGM:

そうでなくても、そのせいで放送の仕事をするのは大変だ。私は感情表現に率直な方だから。でも、そうした友人たちに会えば表情を管理する必要がなく、嫌いならばいやな素振りを出せば良いから、誤解が生じないだろう。




Q:


それでは個人としてのナムグン・ミンもそのようなコインの表面のような人なのか。


NGM:


計算するのが下手だ。それで多くの誤解も招き、生意気だという声も時々聞く。表情もない方で。 作品が終わって、撮影監督が序盤には私を誤解していたと。そのした面は直した方が良いと言われた。次回作では、そうしたことは少し変えようと思う。




Q:


個人の生活で追求する部分と職業的にぶつかる部分がある。


NGM:


実際、作品の中で私を見るのは良いが、外でも他人の視線を感じなければならないのは大変だ。それでツイッターやミニホームページのようなものもやっていない。職業としての演技者として仕事を上手くやって尊敬されたいのであって、ナムグン・ミン個人を表わしたくはない。個人的なことで有名になりたくもない。




Q:


演技者という職業の場合、一等社員ができるだけ人々の関心も高めるのではないか。


NGM:


もちろん関心がなければ何となく寂しいが、私について細かいことまで把握していて恐ろしい時がある。どうして分かったのか携帯電話に電話をかけてくる方たちもいる。




Q:


だが、その人気というものが演技者という仕事を良くするために必要なこともある。


NGM:


それでこのようにインタビューは熱心にする (笑)。実際、以前はドラマや映画をすることだけで私の役割が終わってほしいと思った。インタビューをいつも敬遠した。インタビューに対して巧みな言葉も持ち合わせていなかったし。事実、以前 <X-メン> のようなショープログラムに出る時は、やりたくないと思っていた。だが、今は演技の外側の部分にも最善を尽くしてこそ、演技でも良いポジションを獲得できることを知った。

 バラエティ番組もいろいろだけど、俳優さんたちにとっては悩ましいところ。なんでも芸の肥やしになるわけでもないし、マイナス面も考えてしまうよね。




Q:


そのような心境の変化が起きた分岐点はいつか。


NGM:

<セレブの誕生> が終わってから。以前は演芸プログラムでインタビューをしても、あまり話さず短答型で、画面に出てくることもなかった。今回の作品の時も、序盤でのインタビュー時にはじっとしていて、終わりに出てきて。これはちょっと違うな、誠実にやるべきだと考えることが多くなった。ただしショープログラムに出ることまではできないようだ。言葉巧みな方が出れば面白いが、私は口下手で迷惑をかけるだけのようだし (笑)。




Q:


妥協なのか、分別がついたのか。


NGM:


分別がついたようだ。意地を張るだけで、自分の気持ちだけで世の中を生きてはいけないと考える。他の人のやり方に合わせる方法も分からなければならない。


 


 


 


 











 


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